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教授より

日本一の麻酔科を目指して!

ここまでこの医局を率いて24年目に入った。月並みだが振り返ればあっという間であったとの印象がある。就任時から、世間ではすでに麻酔科医不足は言われ続けられてきた。全国規模でみると、麻酔科医の絶対数は少しずつ増加していたが、それ以上に内科等の他の診療科の倍は収益が良いと言われる外科手術が増加し、その増加に麻酔科医の需要が追いつかない状況(最近は外科医の需要も徐々に追いつかないようになってきている)が今日まで継続している。

24年前、栃木の本院の麻酔科学教室の准教授であった私に埼玉の分院の麻酔科の崩壊を防ぐ為に、埼玉の分院の麻酔科の教授選考に立候補する(獨協医科大学の本院と分院の関係は、他大学のように分院は本院のコントロール下にあるのではなく、分院の診療科は本院から完全に独立しており、本院と分院の人的交流は基本的にはなく、完全に診療科は人事権やお金の使途らも別医局になっている)ようにとの話が恩師の北島敏光教授あった。埼玉の分院の麻酔科の状況を確認すると、すでにアカデミックの医局としての形態は存在せず、少ない人数の医局員であったが多くがすでに医局に留まることなど考えておらず、殺伐とした人間関係で、一部の医局員を除き個々の利益を守ることに執着している状況であることがわかった。正直「何のために自分がそのような医局に行って苦労しなければならないか?」、承諾するかどうか迷いに迷った。当時は、栃木の本院の麻酔科学教室では全国で初の第一麻酔科と第二麻酔科の二つの麻酔科体制を取りやめて、統合して麻酔科学教室の運営を開始し始めていまだ不安定な状況で、何とか新たな体制をまとめることに日々努力している最中でもあった。その状況で私が埼玉の教授選考に立候補するらしいとの情報を知った、栃木の多くの教授、特に外科の教授を中心として、私が栃木を離れて埼玉の分院の麻酔科の教授選挙に立候補することなどはとんでもない「栃木の教授になるなら応援するが、埼玉の教授になるなら、絶対、賛成票は投じない」との大反対の中、「私が埼玉へ行ったとしても、栃木の麻酔科は体制を維持できる」と説得を行い、最終的には教授選考で圧倒的な投票結果を経て、越谷へ移動することになった。就任初日、改革すべきことはたくさんある医局であることは理解できた。前任でトラブルを抱えて麻酔科に転化した医局員も少なくはなく、多くの医局員の振る舞い、言動や考え方からして最も感じたことは、“これまで彼らは、医局というものを経験も理解もしてこなかったし、なによりも麻酔科医局員として誰からも“愛情”というものをほとんど何も受けたことがなかったであろう”との印象であった。麻酔科のみならず病院全体の想像以上の厳しい状況を知るにつれ一時的に落ち込んだときもあったが、自身の生き方である「いかなる場所でもいかなる立場でも、やるべきことは常に全力でやることはやる」との思いで、この医局の立直しに人生の最大のやりがいを感じたものであった。

その中で教室の主任教授に就任してから自分なりに様々な目標をたて、23年目の現時点の内容を列挙する。夢は夢であることが承知しているが最終目標は“日本一の麻酔科”であった。


1)医局の雰囲気が良く、働きやすい。 (達成度85%)

もっとも力を入れてきたものである。あらゆることより優先されなければならないものである。そのために次のような事柄に気をつけてきた。女性医師の働きやすさやキャリアの継続もそうだが、最近は男性医師の一ヶ月育休休暇も積極的に取得させている。 ① 教授として可能な限り個人的好き嫌いにとらわれず医局員を平等・公平に扱う。
② 医局員の話しは可能な限り聞く(医局員が迷惑と感じるくらい、情報交換会(酒席、食事会、遊び等を数多くこなす)。
③ 他の医局員や研修医に個々のストレスをぶつけて発散しようとする上級医局員に対して慎重に介入を行う。
④ 外科医には麻酔科との円滑の関係を求める。具体的には外科医には何か麻酔科に不満があれば、当該麻酔科医には絶対に直接、不平を言わず、私の部屋に来て私に直接伝えるようにお願いした。今では当センターのほとんど外科医は手術室の運営はすべて全面的に麻酔科の指示に従ってくれることになり、麻酔科医と外科医の意見の対立もなく、若い研修医が年配外科医からの不当な言いがかりもほとんど受けることはなく、むしろ熟練した外科医が若い麻酔科医に対してまで、気を遣う姿勢には心から外科医には感謝しているし、もちろん麻酔科医から、特に若い外科医に対して不当な対応はないか注意している。おそらく、麻酔科医と外科医の良好な関係の手術室は全国でもトップクラスと思っている。
⑤ 上級医には常に率先し麻酔に従事することが重要である。その意味では基本的に教授以外の常勤には当直、宅直、インチャージの仕事を外すことはない。例えば当直時の緊急手術時は、最も職位の高い上級医が一人で対応できるのであれば、他の医局員は起こすことなく緊急手術に対応することを指示している。夜になると自分は寝ていて、他の下級医局員に任せるなどは論外である。


2)医局員の数 (達成度 90%)

2026年4月1日現在の医局員数は
①正医局員(後期レジデントを含む)48名
②時短勤務者(20時間/週勤務)3名
③単日勤務医 8名
④医科麻酔研修歯科医 4名
⑤毎日勤務する初期臨床研修医 4~6名

医局員を増やすために、特に新しい医局員を確保するためには「常に金と時間と手間を惜しまない」という姿勢で臨んできた。
①基本的には、麻酔科医不足が言われているが、麻酔科に興味ある医師は決して少なくはなく、いかに興味ある医師を麻酔科に入局させるだけを考えてきた。そのために、他の項目(1), (3), (4), (5)の体制を整えてきた。
入局を希望する医師のために、麻酔科医の受け入れ体制の整備も必要であった。具体的には、可能な限り麻酔科医の有給枠を増やしてもらうために大学上層部と根気強く交渉してきた。そのため、麻酔科医が麻酔・手術件数の増加に積極的に役割を果たすのは必須であり、定時であれ、緊急であれすべての麻酔依頼は断らないという原則には医局員がかなり負担を感じていることは十分に理解しているが、学長として最近はそれ以上に外科医に対して外部からの緊急手術依頼を断れないとのプレッシャーを与えていることも事実である。最近は、私立医科大学だけでなく国公立医学部付属病院で麻酔科医のフリーランスを雇用している麻酔科教室も珍しくはなくなってきたが, これまで一人もフリーランスを雇用することが一度もなかったことは、今では誇りでもある。 私が就任時から無給で勤務してくれた、少なくはない常勤・非常勤麻酔科医が、本当の意味での“手弁当”で助けに来てくれたことには今も心から感謝している。


3)麻酔科医として幅広き研修ができる (達成度 70%)

当センターでは小児麻酔から心臓麻酔等まで、少なくとも日本麻酔科学会専門医試験の受験に関しては当センターだけの研修で十分に対応できる。また麻酔以外にペインクリニック、救急や集中治療の研修も可能である。ただ私の基本的教育指針としては、一旦は他施設での研修を経験させる(他人の飯を食ってこい)ということである。そのために専攻医に関しては専攻期間中に3か月の他施設研修は必須としている。これまで北海道大学、埼玉医科大学、埼玉県立小児医療センター、東京都立小児医療センター、東京都成育医療センター、獨協医科大学等で、各自が希望する施設に出向させてきた。今年度から琉球大学も受け入れに協力してくれることになり、今後も医局員の希望に応じて、研修医療機関を増やす予定である。また専攻医終了後は、国内郊外を問わず、1-2年間の出向を奨励している。これまで国外留学は新型コロナウイルス感染症蔓延時には控えてきたが、アジアやヨーロッパの大学への留学も再開してきている。基本的に実質上の当科の派遣病院(医局として医局員に命じて、出向して一定期間働いてもらう病院)はない。私自身、医局の都合で医局員の希望に関わらず派遣する病院には全く興味はなく、医局員の希望する医療機関に積極的に出向させるようにしている。最近は当科の麻酔科医局員数の多さが評判になり、複数の医育機関や総合病院から常勤医の派遣依頼が絶え間なく申し込みされるようになったが、依頼先に対する答えはいつも「医局員に行けとはいいませんが、行きたいという希望があれば止めません。医局員が貴施設で働きたいと思う条件で誘っていただいて結構です」であり、各医療機関からの派遣依頼やポスト提供の申し出があった場合は、直ちに医局への一斉メールで伝えている。


4)手術(麻酔)件数を増やす (達成度 75%)

医育機関運営の重要な柱は、教育、研究、臨床である。その3つの柱は極めて重要であるが、その根本となるものは財政基盤の安定化は必須である。そのため、大学の財政面での附属病院の収益は極めて重要である。その中心が手術件数である。多くの私立医科大学のみならずいくつかの国公立大学で、パートの麻酔科医の雇用や麻酔科医に対してのみ高額な給与を支払いが行われているが、実は、現在の診療報酬の仕組みでは麻酔科医に数億円/年に支払っても、その分手術件数が増えれな、それ以上の収益が得られる仕組みになっている。多くの病院が公にしてはいないが、実は麻酔科単独の収入は、他科の追従を全く受けて受けないくらい、病院一の最大収益診療科であり、各医療機関の長はそのことを麻酔科医に対して必死に隠そうとしている事実がある。麻酔科の使命は財政基盤の安定化に貢献することであり、全身麻酔の総時間では当センターは8位/全国であり、全く麻酔科医のパートの雇用が無い、常勤麻酔科医のみの医療機関と限定すると、さらに上位に位置すると考えられる。


5)学術(研究、学会発表、論文作成、他)の向上 (達成度 50%)

当センターは医育機関の附属病院であるので毎年、臨床のみならず、教育や研究に対してバランスよく医局運営しなければならない。多くの医局員が社会人大学院 に進学し、一定数の英文論文作成や国内外での学会で成果を発表している。特に学位論文は基本的英文であり、医局のインパクトファークターを右肩のぼりで増加している。日本麻酔科学会の機関誌であるJournal of Anesthesiaへの当科からの掲載論文数は毎年トップクラスである。基本的に学会参加に関して医局員の金銭的負担(参加費や旅費)は無し にしており(海外発表は一部)、その金策は大変であるが、少なくとも何も憂いなく学会参加・発表を推奨している。


6)公的研究費の取得 (達成度 5%)

現在最も満足できる十分な結果が得られていない項目である。医局員の一層の努力を期待するものである。 以上、すべて日本一という、とてつもない目標は、届きそうな項目もあるが、全く届きそうでもない項目もある。今回の内容・達成度には異論もあるかもしれないが、目標は現実味のあるものより高いところに設定するものと考えている。この夢は私の後任やこれからも医局で頑張ってくれる医局員の努力に託したいと思っている。
現時点では質量ともに右肩上がりの医局がいつまでも失速しないで行けるかどうかはわからないが、いずれにしても私がこの医局に教授として就任した時以来の、研究面での浅井 隆先生、臨床面の新井丈郎先生をはじめ、この医局で関わった医局員、入局してもらって感謝するし、心ならずも退局していった医局員にも感謝である。

私の後任になるべき人物(あくまでも希望)は
① 医局・医局員ファーストであることを認識し踏み台になる。
② 手術室を第一職場にし、留守にしない。
③ 学会活動を主にしない。院外活動を中心にしない(教授元気で留守が良いと言われるまで)。
④ ストレスを医局員にぶつけることで発散しない。
⑤ 医局員の好き嫌いを前面に出さない。
⑥ 医局員とafter 5をしばしば過ごす。
⑦ 問題のある医局員を野放しにしない。
⑧ 医局員には臨床、教育、研究のすべてを高いレベルで求めない。個々の特徴を尊重する。
⑨ 医局員に不満がある時は、なぜ当該医局員がそのような振る舞いをするかまず考える。
➉ お金と時間と快適さはかならず医局員を優先させる。教授は貧乏かつ働き者で当然である。
⑪ おいあくま:怒らず、威張らず、焦らず、腐らず、負けずを忘れない。

  • 令和8年5月1日
  • 奥田泰久
  • 獨協医科大学 学長
  • 獨協医科大学埼玉医療センター麻酔科 主任教授代行
  • 獨協医科大学3附属病院麻酔科統括者
奥田泰久
奥田泰久

奥田泰久教授へ

浅井隆

奥田先生との出会い

 奥田先生に初めてお会いしたのは1990年代の中ごろ、私がイギリス留学中のときでした。私は大学院で研究をしていたのですが、そこに奥田先生が来られました。すぐに親しくしていただき、いろいろなお話しを聞かせていただくようになりました。とくに獨協医科大学での麻酔およびペインクリニックの臨床で経験された症例について話されたときはいつも最後に、「これって論文になりますかね?」と聞かれました。私にすればどれも興味深い症例であったため、ぜひ論文化されればいいですよ、と答えていたのを覚えています。そして、これらの興味深い症例やアイデアを基につぎつぎと論文を投稿し、出版されました。

 最も面白かった話しは、「男性患者にルンバール(脊髄くも膜下麻酔)をするとおち○ち○がダラーとなるんですよ。コミュニケーションが難しい人にルンバールの効果を聞いてもわかりにくいことが多いですけど、これだと客観的評価になるかと思って。どうですかね?さすがにこれは論文にするのはムリですかね?」というものでした。これにはさすがに、そ〜ですねえ、と答えました。しかしもう少し話しを聞かせていただくと、挙睾筋反射が消える、ということだったので、「それは正式な研究されて論文にされるといいですよ!」とお答えしました。まだ携帯電話もネットも普及していなかった時代でしたが、その後すぐに壬生の麻酔科医局員に指示されたようで、あっという間に数十名分のデータを持って来られました。あまりに明白な結果だったので、確か論文を2週間足らずで完成させて投稿したところ、3日以内で掲載決定となりました。

 越谷病院(現埼玉医療センター)麻酔科の主任教授になられた後も、学会などの時にはいつも声を掛けていただき、越谷病院麻酔科の研究のお手伝いをさせていただくようになりました。このような縁もあり、2013年に奥田先生の教室に入れていただくことになりました。そのときに、「うちの医局はぬるま湯みたいなところですよ、みんなホンワカしていますからね」と言われたのをよく覚えています。実際、明るく元気な医局員のみんなに受け入れてもらえ、嬉しく思いました。

 それから10年以上が経ちました。奥田先生は目指されていたことを次々と達成されていかれました。そして毎年数名以上が入局し、みな安全で確実な麻酔業務を行い、以前にも増して臨床研究や論文作成を “楽しんで”する者が増えてきています。そして何よりも、みんな明るく、仲良く、そして自発的にいろんなことにチャレンジしていっているのは、奥田先生のお人柄を反映しているものと思っています。この3月で主任教授を退官されますが、今後も病院長のお立場から、さらに充実した麻酔科になっていくようご指導し続けていただければ、と思います。

浅井隆

新井丈郎

奥田先生へ


奥田先生が越谷へ赴任されたのは今から20年前の2003年4月、

当時の私は麻酔科入局からちょうど10年が経過し、これからの自分を模索しているそんな時でした。

今思い返すと、それからの20年間はあっという間、でした。

医局旅行にゴルフコンペ、歓送迎会に納涼会・忘年会といった医局イベント、先生が会長を務められた日本ペインクリニック学会はじめその他の学会や研究会、退局者が続出し医局の今後について先生と真剣に話し合ったこと、色々ありましたがどれも懐かしい思い出です。

2008年4月から15年間にわたり務めさせて頂いた医局長時代は医局会終了後に毎回二人でミーティングをしました。2時間で終われば早いほうで、3時間を越えて話し込んだことも何度となくありました。

奥田先生は決して目先のことに振り回されることなく、常に医局の3年先5年先を見据えて話をされていた記憶があります。物事を大局的にみる、ということを先生から教えていただきました。先生の下で20年間仕事ができたことに心から感謝するとともに、長い間本当にお疲れさまでした。そしてこれからもご指導よろしくお願いします。

新井丈郎

橋本雄一

 奥田泰久先生、獨協医科大学埼玉医療センター麻酔科の教授としてご尽力され、この度、無事に任期を終えられますことを、心よりお祝い申し上げます。

 奥田先生は、私がこの病院に就職するのと、ほぼ同時期に教授となられましたので、私が麻酔科医として成長する過程を全て、奥田先生に見守って頂いたと言っても過言ではありません。奥田先生は、どの先生にも、分け隔てなく接し、医局を上手くまとめておられました。どんな人にも温厚であることが、奥田先生の最大の魅力であり、長きに渡って皆から慕われる理由なのだろうと思っております。また、麻酔はもちろんのこと、ペインクリニック領域でもご活躍され、2013年に大会長として、大宮鉄道博物館で主催された、第47回 日本ペインクリニック学会学術集会は、奥田先生のおかげで、非常に盛況のうちに終えることができたと記憶しております。

 これからもご指導、ご鞭撻を頂けると幸いです。奥田先生の益々のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。

橋本雄一

齋藤朋之

親愛なる、みんなの"The Godfather"奥田泰久先生へ

 先生は、医局員に医学・医療について教えを授ける"教授"であり、みんなの相談、不満には真摯に耳を傾け、人間関係の折り合いをうまくつけ、組織をまとめる政治家でもありました。私の理解不足で話が噛み合わない時もありましたが、結果上手い方向に着地するよう促す術は、様々な経験、発言の一貫性、譲らない頑固さがあったからかもしれません。医局愛が強く、どんな些細な相談も受け止め、周囲の信頼を得て、重役に登り詰める姿は、映画The Godfatherのマーロン・ブランド演じるヴィトー・コルレオーネ(容姿も似てます)に重なります。私の大好きな映画の登場人物の一人です。


 これからは、ゆっくり静養し(ゆっくりしている姿は想像できませんが)、後輩の我々に任せてください。

 奥田泰久教授、本当にお疲れ様でした。

齋藤朋之

齊間俊介

奥田先生長い間お疲れさまでした。そしてこれからもよろしくお願いいたします。

 先生には、研修医として獨協医大越谷病院時代から、20年以上お世話になっておりますが、ターニングポイントではいつも先生のお力添えの力があったように感じています。入局を迷っているときには、先生が私一人を連れて飲みに連れていってくださいました。そのときの先生の優しいお人柄をみて、この医局で頑張ってみようと決心したのを覚えております。大学院で学位を取る際にも、教授室で親身に相談に乗っていただきました。そして、神経ブロックの勉強をするための行き先を悩んでいる際にも、先生の人脈やお人柄のおかげで、ぜひとも行きたかった島根大学に国内留学することができました。今では、そのすべてが、現在や今後の自分の糧になっております。この場を持ってお礼申し上げます。ありがとうございました。

 最後に、今後とも先生の「麻酔屋になるな、麻酔科医になりなさい」のお言葉を胸に日々、臨床に、教育に、研究に頑張っていきたいと思っております。先生も獨協麻酔科のゴッドファーザーとして、これからもお身体に気をつけて頑張ってください。

齊間俊介

鈴木博明

思い出と基本理念 

 教授職を終えられ、無事ご退任を迎えられたことを心よりお祝い申し上げます。時の流れは早いものでもうご退任されるのかと驚くとともに、数々の思い出がよみがえり、寂しさが募りました。


 先生との出会いのきっかけは、友人の紹介でした。進路に迷っていた私を快く当教室に受け入れていただいたことを、今でも感謝しております。そして、東京駅の喫茶店で初めてお会いした時のことは、今でも鮮明によみがえります。先生の基本理念である「教育は義務、臨床は奉仕、研究は趣味、遊びは必須」にはとても共感でき、今後も私の医師としての基本理念となっていくと思います。特に「遊びは必須」は、とても良い理念だと感じました。毎年の医局ゴルフコンペは、とても楽しかったです。

 やむを得ないこととはいえご退任なさることは大きな損失であり、本当に残念なことではあります。今後ともご指導のほどよろしくお願いいたします。

講師 鈴木博明

河津裕美

私の麻酔科医人生を支えてくださった先生


 私と奥田教授との出会いは28年前。私が医師免許を取り、壬生の第一麻酔科医に入局した時の医局長が奥田教授でした。いつも優しい言葉でご指導頂いたことを記憶しています。また、面白い事を言おうとする際、まずご自分が笑われてしまうのもその頃からです。仕事と同じくらい医局員同士の絆を大切に考えておられたので、お休みの日にみんなで出掛けたり、キャンプをしたり、麻酔以外の楽しい思い出も沢山あります。体調を崩し、必要な資格も取りきれないまま退職した私をもう一度この医療センターに呼んで下さったのも奥田教授でした。明け方緊急手術の麻酔をかけていると、いつも朝5時くらいに手術室にいらっしゃって、休憩させて下さったり机の上にお菓子を置いて行って下さったり、心の中でいつもこっそり「傘地蔵」と呼んでいた事を謝罪致します。私の麻酔科人生は先生無しでは語れませんが、まずはお疲れ様でしたとおめでとうございますを伝えさせて下さい。奥田教授、ありがとうございました。

河津裕美

山田真樹

奥田教授へ

 私が麻酔科に入局してから18年間大変お世話になりました。入局前の病院見学後にVARIEのレストランでランチをご一緒させていただいたのを懐かしく感じられます。


 先生のご指導に触れ、ペインクリニック専門医取得を決意させていただき、また取得後もご指導していただき大変勉強させていただきました。

 この18年間を振り返りますと、今でも思い出すのは私がまだオーベンとして当直し始めた頃、深夜に緊急が入りレジデントの先生と緊張しながら導入しようとした際、手術室に教授が顔を出してくださり大変安堵したこと。入局後初めての忘年会で奥田教授のために!ビューティーペアのモノマネをしたこと(←教授好みの内容にしようとのことで決めました!合っていたのでしょうか?)。大変な事もありましたが、楽しかったこともたくさん思い出します。

 これからも色々とご相談させていただくことがあるかもしれません(いつまでも頼りなくて申し訳ありません)。どうぞ今後もご指導賜りますよう お願い申し上げます。

 先生のこれからのお幸せを心からお祈り申し上げます。 18年間、本当にありがとうございました。

山田真樹

金子瑞恵

奥田泰久教授退任に際し


 2023年2月8日、奥田教授の退任記念最終講義があることを、留学先の順天堂大学のペインクリニックの外来で、メールで知りました。講義を受けたくて問い合わせたところ、配信は無いとのことで受けられず、とても残念でした。まだご指導頂きたいことがあることに改めて気付き、考え始めると4日経った今も電車を乗り間違えそうになるほど思いがまとまらずにいます。

もっと勉強して、熟考しなさい、もっと慎重に沢山経験しなさい、とご指導下さいました。

 また、沢山のご縁と機会を与えて下さり、感謝しかありません。

 疼痛治療を志す上で、奥田教授、前獨協医科大学麻酔学教室教授北島敏光先生に直接ご指導頂けたことは、何にも変え難い私の財産です。

 今後もご指導ください。

金子瑞恵

遠藤聖子

奥田教授


ご退官おめでとうございます。今までの温かいご指導に深く感謝いたします。

奥田先生と言えば、早朝に緊急をかけているときに、お疲れ、休憩に行っておいでと顔を出して下さるイメージが強いです。大変ありがたいですが、働きすぎです。先生はワーカホリックなので、まだまだ元気で楽しく働かれるのでしょうが、今後はぜひともお体にもご自愛しお過ごしください。これからも宜しくお願い致します。

遠藤聖子

高橋慧

ご退官おめでとうございます。

入局当初より、愛情あふれるご指導、誠に有難うございました。

先生におかれましては、心の友である心友横田先生とともにお会いした時から私はお世話になっております。お会いした当時私は病院を転々とし、医師として暗闇の中を模索し将来どうしようかと悩んでいた時期であり、まるで川に流されながら溺れそうな状態であり、そのうち海まで流されてどこにも戻れないのではないかと自分自身を心配しておりました。

先生はそんな私を川から引き揚げ、医師としての人生を再設計していただきました。

この恩は忘れません。ご退官誠におめでとうございます。

高橋慧

菊地梓

奥田先生、入局後約10年間、大変お世話になりありがとうございました。この医局で麻酔科医デビューをして心から良かったと思っております。この医局で安全管理、危機管理を徹底することの大切さを学び、日頃からそれらを自然に意識できるようになりました。 また、いつも温かく時に厳しく育ててくださりありがとうございました。どんな状況でも安心して仕事や勉強に打ち込むことができました。今後の医療の発展のため、これからも日々精進して参ります。

菊地梓

立川真人

奥田先生、ご退任にあたって


 奥田先生、ご退任おめでとうございます。2015年4月に入局し8年間、大変お世話になりました。

 入局して2年が経ち、ペインクリニック外来のローテーションに行かせていただいた際に、奥田先生に見せていただいた横隔神経ブロックを今でも鮮明に覚えております。自分がペインクリニックに興味を持つ大きなきっかけになってくれました。

 その後、順天堂医院のペインクリニックへ一年間勉強に行かせていただき、去年の11月からは自分の外来を持つことができました。外来では益々奥田先生の技術の高さを思い知っております。今後とも多くのことを学ばせ頂きたく存じます。

 お忙しい中、これまでご指導いただきありがとうございました。奥田先生の今後のご健康とご活躍を心からお祈り申し上げます。

立川真人

宮崎真理恵

奥田先生、この度はご退官おめでとうございます。入局してから今まで大変お世話になりました。

奥田先生の医局員思いの姿勢を幾度となく拝見し、奥田先生のもとで麻酔を学べることを嬉しく思っておりました。何度も助けていただきありがとうございました。

奥田先生に学会の合間に連れて行っていただいた、海遊館やバイオパーク、鴨鍋...。私にとって医局生活の中でとても楽しかった思い出です!

これからもよろしくお願いいたします。

宮崎真理恵

小川理恵

奥田 泰久先生


4年前、長距離通勤と仕事と育児に疲弊していた私を、年度途中突然の見学にも関わらず、「来たらいいよ」と私の気持ちが決まるより先に快く受け入れて下さり、ありがとうございました。育児をしながら麻酔科医として何とか働ける場所が見つかったと安堵したことが、懐かしく思い出されます。

1人麻酔を始めてからは、導入に手が必要なときはいつも力お貸しいただき、感謝の念に堪えません。医局やオペ室で時折させていただいた世間話も、楽しい思い出です。

育休をはさみながらも遅れることなく専門医取得が出来ましたのも、育児をしながらの勤務にご理解をいただきました、奥田先生をはじめとする医局の先生方のおかげと存じております。短い間ではございましたが、本当にありがとうございました。

奥田先生の今後のご健康とご活躍を、心よりお祈り申し上げます。

小川理恵

石川美菜

奥田教授、ご退官おめでとうございます。至らない私へ丁寧に指導してくださったこと、深く感謝しております。お忙しい中でも時間を作って下さり、多くの相談に乗っていただきありがとうございます。先生のいる医局は心強く、入局してからこれまで安心して仕事に励むことができました。学会でも色々な場所へ連れて行って下さりありがとうございました。先生の案内して下さった知る人ぞ知る名所は、どの場所もとても楽しく、良い思い出になりました。これからもさらなるご活躍をお祈りいたします。

石川美菜

青木桃子

奥田教授


入局以来5年間、大変お世話になりました。

いつもあたたかく見守り、励ましてくださったこと、感謝しています。

ありがとうございました。

青木桃子

卜部一弘

奥田教授には父の世代から2代続けてお世話になりました。特に私は学外での自己研鑽の為にセミナーの参加等積極的に参加しました。その都度快く受け入れて頂き、奥田教授のもとで学んだ事により麻酔科医としての知識や技術の向上に繋がりました。医師としてのスタートを切るに当たり、ともに過ごすことの出来た時間は貴重なものでした。退官後も麻酔の世界でより一層ご活躍されることをお祈りし、感謝の言葉といたします。

卜部一弘

高橋伶奈

 退官おめでとうございます。

 コロナ禍以前の学会では、奥田先生と私達若手医局員とで全国各地を楽しく観光したことが懐かしく思い出されます。思い返せば、先生の周りには常に皆が楽しそうに集まっていたように思います。

 朝まで一睡もできないような当直明けに、私達を気遣ってお菓子を差し入れてくださったり、率先して休憩交代をしてくださる姿に感激したのは私だけではないはずです。

そうした先生の人柄に人が引き寄せられて形作られた医局は、私達にとって非常に居心地の良いものでした。 

 病院長としてまだまだお忙しいと思いますが、これからもお身体にお気をつけてお過ごしください。長い間大変お世話になりました。今後も温かく見守ってください。

高橋伶奈

鶴町直威

奥田教授、ご退任おめでとうございます。私は、初期研修終了時、自分では解決困難な問題を抱え、一旦医師を辞めようかと考えておりました。そんな折、奥田先生と縁をいただき、麻酔科に入局しました。入局当初も問題が継続しており、一部の先生方は、私の休職などを懸念していたところ、奥田先生が「鶴町君は辞めないよ」と仰っていたと人伝に聞きました。その話を聞き、奥田先生のご期待を裏切ることのないよう精進していこうと思いました。奥田先生とご縁をいただいたこと、そして先生から直接的・間接的に学ばせていただいたことは私の尊い財産であります。これからも、私を含め、医局員を暖かく見守っていただけると幸いです。先生の益々のご活躍を心からお祈り申し上げます。

鶴町直威

有銘勇登

奥田先生に送る言葉
麻酔科 有銘勇登

この度は御退任おめでとうございます。3年前に初めて見学に来た際、ご飯に連れて行って頂いたこと、昨日のことのように鮮明に覚えています。あの時贈ってくださった、「同僚を利用するのは認められないが、教授を踏み台にstep up するのは積極的に行うべし」という言葉が鮮烈に印象に残っています。若輩者の一研修医にこんな言葉をかけてくれる先生のもとで働いてみたい、と強く思い、入局を決めました。あれから、この医局に入ったことを後悔したことは一度もありません。あの時自分を温かく迎え入れて頂き、ありがとうございました。自分もいつか、先生のように後進を温かく見守り、育てられるような人間になれるよう、精進いたします。3年間、本当にお世話になりました。

有銘勇登

宇賀神若奈

奥田先生へ


奥田先生、長年お仕事を無事勤めあげられましたことをお祝い申し上げます。

先生に部下としてご指導いただけたことを、大変幸せに思います。

入局にあたって、今でも先生が研修病院までいらしてくださった日のことを昨日のように覚えています。あの時、先生に声をかけていただき、こうして獨協医科大学埼玉医療センター麻酔科の一員としていられることをとても嬉しく思います。

先生のお人柄のもと、年々麻酔科に入局してくれる先生も多くなり、忙しくも楽しい日々を送っております。

今後も、獨協医科大学埼玉医療センターの病院長としてのお仕事は継続されるとのこと、体調にお気をつけて、これからも、益々のご活躍をお祈りいたします。

宇賀神若奈

土井一輝

奥田先生

先生のご功績に敬意を表します。私は、先生から麻酔の基礎や患者さんと対するにあたっての心構えや方法など、沢山のことを教えて頂きました。特にペインクリニック外来でつかせていただいた時に、患者さんに信頼されている姿を拝見し、患者さんとどのように関係を作っていけばいいのか学ばせていただきました。また、日頃から私を含め医局や医局員のことを様々気にかけてくださり、感謝の念に堪えません。これからも先生のご指導を賜りたいですし、もしなにかお力になれることがありましたらお申し付けくだされば微力を尽くさせていただきます。この度はおめでとうございます。

土井一輝

藤城明日香

奥田先生


主任教授として長年のご勤務、誠にお疲れ様でした。

私が初めて奥田先生にお会いしたのは、病院見学に伺った時でした。他大学の学生だった私を奥田先生がとても親切に案内してくださったこと、鮮明に覚えております。

奥田先生は、初めてお会いした時から変わらず温かく見守ってくださり、入局を決めてからは麻酔や研究のことなど様々な事について教え導いて下さいました。そして、私の進む道をいつも応援してくださったことが、私にとっては本当に有難かったです。

私の人生において、奥田先生とのご縁に恵まれたことは、かけがえのない財産です。

今後とも引き続きご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。

また、先生の益々のご活躍を、心よりお祈り申し上げます。

藤城明日香

古田和睦

奥田先生


いつもありがとうございます。気づけば早いもので入局させて頂いてからもうすぐ3年になります。

研修医の時に見学させて頂き、入局の許可を頂いたあの日が、これまでとこれからの麻酔科医としての人生のターニングポイントになったと思います。

先生とは当直明けの早朝や1人麻酔の導入の時にふとお会いできる機会が多く、大樹の様に見守ってくださっている安心感がありました。

日光への出向の際も非常によく気にかけて頂きました。研修環境や住居環境のみならず、開いている餃子のお店を求めて宇都宮の街を歩いたり、山泉楼や明治の館に連れて行って下さったのは良い思い出です。いつかまた、月山にもご一緒させて頂きたいです。

先生の考え方や所作など、退官された後もまだまだたくさんご教示頂きたく存じますが、一先ずこれで贈る言葉とさせて頂きます。

ありがとうございました。

古田和睦

鹿島田舜也

奥田教授がご退官されるにあたり、これまでの感謝の気持ちをお伝えしたく思っております。入局当初から、時に厳しく、時に優しくご指導いただき大変お世話になりました。お仕事以外でも奥田教授が開催して下さった私たち同期との食事会を開催して下さったこと、神戸や京都での学会中に様々な観光地を紹介していただき、連れて行ってもらったのは今でも心に残っております。奥田教授のご健康とご多幸をお祈り申し上げかたがた感謝のあいさつにさせて頂きます。

鹿島田舜也

永山英寿

奥田先生、長い間お疲れ様でした。僕が入局を決め初めてお会いしたとき、『じゃあ、ご飯行こうか。』と緊張している僕を優しく迎えて下さったのを覚えています。その後もゴルフを教えて頂いたり、近況をよく聞いて下さったり、いつも気にかけて頂けてとても嬉しかったです。僕も先生のような朗らかで優しい上司になれるよう頑張ります。先生にはまだまだ教えて頂きたいことも多いですし、これからもゴルフをお供させて頂きたいので、今後ともよろしくお願い致します。

永山英寿

前山明佳

定年まで長年のお仕事を無事勤めあげられましたこと、心よりお祝い申し上げます。

奥田先生には私が研修医時代からお世話になり、感謝の言葉しかありません。

入局後、私がミスをしてしまった時、落ち込む私に温かいお言葉をかけていただき、その言葉にとても救われたことは忘れられません。

たくさんご指導いただいたことも改めて思い出されます。

妊娠中にもいろいろと気遣っていただきましたこと心より感謝申し上げます。

今後の益々のご健勝とご多幸をお祈りいたします。

前山明佳

増井克秀

奥田先生

御退官おめでとうございます。長い間お疲れ様でした。

元来あまり器用ではない私が仕事に研究、家庭を両立させることが出来ているのは奥田先生の心遣いの賜物と、大変感謝しております。

まだまだ一人前には程遠いですが、ご指導のお陰様で初めてお会いした5年前の学生時代の私と比べると芸の幅も増え、医師らしくなれたのではと感じております。

牛の歩みではございますが、今後も精進致しますので末長く宜しくお願い致します。

増井克秀

箕輪薫瑠子

病院長としてのこれまでの重責、誠にお疲れさまでした。

短い期間でしたが、奥田教授とご一緒に勤務できたことを大変嬉しく存じます。

病院見学時のレイクタウンの散策や砂場での食事会が今でも楽しい記憶として残っております。長らく研修病院を決めかねておりましたが、奥田教授の気さくなお人柄に惹かれ、即決したことを覚えています。

私が悩んでいた時には、親身になって相談に乗っていただき、本当にありがとうございました。

奥田教授のように機知に富んでいて他者から信頼される人間になれるよう、研鑽を積む所存です。

奥田教授のご功績に敬意と感謝を表し、今後のご健勝とご発展をお祈り申し上げます。

箕輪薫瑠子

松山周世

奥田先生へのメッセージ


ご退官おめでとうございます。

昨年度の途中からの入職でしたが、快く受け入れてくださり大変感謝しております。

様々な業務でお忙しい中、立場の壁を作ることなく私たちに接してくださる姿には感銘を受けました。

慣れない環境でしたが、臨床業務と大学院での研究と邁進できたのも、奥田先生が長年作られた医局の雰囲気あってこそと感じております。今後も臨床、研究と日々成長できるように精進いたします。

最後になりますが、奥田先生の今後の末永い健康とご多幸をお祈りいたします。

松山周世

飯田悠貴

この度は奥田先生の退官を心よりお祝い申し上げます。入職してから1年間という短い期間ではありますが、奥田先生には多大なるご指導・ご支援を賜りましたことを深く感謝しております。最終講義でお話しされた麻酔の合併症と副作用について、医療紛争に備えるという視点からの講義は、奥田先生が長年にわたって培ってこられた専門知識・経験が詰まったものであり、私たち若手医師にとって非常に有意義なものでした。今後、奥田先生からお話しにあったポイントを意識し、医療事故を防ぎ、紛争に巻き込まれないよう努めていきたいと思います。奥田先生が長年にわたって築かれた業績に対し、改めて敬意と感謝の意を表し、今後のご活躍をお祈り申し上げます。

飯田悠貴

中村亮太朗

奥田教授退任言葉


奥田康久教授、この度はご退官おめでとうございます。入局して1年間大変お世話になりました。獨協医科大学埼玉医療センター麻酔科でレジデントとして多くのことを学ぶことが出来、さらに医局ゴルフコンペにも参加させて頂き、非常に有意義な1年間を送ることができました。ひとえに先生のご指導・ご鞭撻のお蔭と存じます。大変ありがとうございました。先生の今後の益々のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。

獨協医科大学埼玉医療センター麻酔科レジデント 

中村亮太朗

西田優海

奥田教授、長い間の勤務お疲れ様でした。

私は麻酔科の後期研修医として勤務を始めてからすぐに産休に入ってしまった為、奥田先生に直接教えを頂くのはとても短い間となってしまいました。しかしながら、入局前から話す機会を設けてくださったり勤務中も気にかけてくださり、温かく見守っていただいたおかげで産休までの勤務を無事終えることが出来ましたし、現在また復帰に向けて頑張ろうと思いを新たにしているところです。今後も奥田先生に教えていただいたことを胸に麻酔科医として研鑽を積みたいと思います。本当にありがとうございました。

西田優海

𡌛村桂一郎

長きにわたる教授としての職務お疲れ様でした。そして、その長い期間医局を支えてくださりありがとうございます。私が医局員になってからはまだ1年経ってはいませんが、今の医局の素晴らしい環境は奥田先生の力あってのことであると確信しております。そしてその職場で働けるのは奥田教授に目をかけて頂いたおかげであることもまた確信しております。本当に感謝の言葉もありません。この恩に報いるべく、誠心誠意医局に尽くしていきたいと存じ上げます。これからも病院長としての激務があるでしょうが、お身体に気をつけて、益々のご活躍をお祈りしております。

𡌛村桂一郎

仲田麻衣

定年ご退官、心よりお祝い申し上げます。私が研修医の頃から十数年に渡りご指導ありがとうございました。

研修医の頃、親身になり私事のトラブル解決に尽力してくださり、おかげでこの病院で勤務し続けて専門医も無事に取得できました。本当に感謝しております。

早朝までかかる緊急手術の際は朝早くに必ずオペ室まできてくださって私たちを労ってくださる優しさにいつも励まされて働いていました。医局員の誰よりも早く病院に来ている仕事熱心な姿勢を見習って、私も今後も努力して参ります。

今後ますますのご健勝と末永いご多幸を心よりお祈り申し上げます。

仲田麻衣

榎本澄江

2000年に獨協越谷の麻酔科に入局し20数年が経ちました。ある日ペイン外来で奥田教授に、「僕と澄江くんを足して100歳だね」と言われた日が懐かしく感じられます。

 COVID-19の拡大により近年はなくなってしまいましたが納涼会も忘年会も医局旅行も毎年楽しみでした。アットホームな医局。妊娠中、育児中も優しくしていただき感謝しかありません。入局から今までありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

榎本澄江

安達絵里子

奥田先生

先生に初めてお会いしたのは、BSLの選択で越谷病院に来た時です。もう20年近く前になります。その後、入職時の面接で声をかけて頂いたり、スーパーローテの時にお食事に誘って頂いたりと御縁があり入局に至りました。

入局後は楽しかった事、辛かった事と色々ありましたが、辛かった事を乗り越えられたのは先生と越谷の医局のサポートがあったからです。

今ではすっかり前線を離脱し、ペイン外来の業務中心となっていますが、ここまでずっと麻酔科を続けてこれたのは先生のお陰だと思います。今まで有難うございました。

まだペイン外来は続けて頂けるということで、まだまだ学ばせて頂く事も沢山ありますしこれからもご指導のほど宜しくお願い致します。

外来の合間でのお喋りを楽しみにしつつ、また来週木曜日に宜しくお願いします!

安達絵里子

吉野富紀子

奥田先生、ご退官おめでとうございます。効果的なチームには「心理的安全性」が最も重要な要素だそうですが、私にとっての医局は、まさにこの言葉がぴったり当てはまる素晴らしい職場でした。入局して以来、様々なライフステージの変化を経てきましたが、変わらず麻酔科医として働き続けることができましたのは、ひとえに奥田先生が公私にわたってご支援くださり、医局員の多様な働き方を保障してくださったおかげと、心より感謝申し上げます。今後も益々のご活躍とご健勝をお祈りいたしております。

吉野富紀子

加瀬幸子

奥田教授

この度はご退官おめでとうございます。

先生には入局当初から大変お世話になりました。麻酔やベインクリニックの臨床、学会発表や論文作成、学位取得の際もご指導いただき本当にありがとうございました。学術面では先生のご期待に沿うことが出来ませんでしたが、こんな私でもこれまで麻酔科医として仕事を続けてこられたのは、仕事の分岐点で悩んだり迷った時に先生からいつも的確なアドバイスをいただけたことが大きかったととても感謝しています。それと先生の先を見据えた考え方や目上の人に対する気配り、スタッフの声に耳を傾けコミニュケーションを忘れない姿勢には学ぶ事が非常に多かったです。

ご退官ではありますが、いましばらく大学のため医局のためにご尽力いただけると言うことで、私のみならず多くの人が安堵している事と思います。

将来は故郷の長崎に帰る、と言うのが先生の昔からの口癖でしたが、もう少し先になりそうですね。これからも健康に益々のご活躍をお祈りいたします。

加瀬幸子

臼井要介

奥田泰久教授

私の医者人生は奥田先生の手のひらで踊ってきたようなものです。

私が獨協医科大学第一麻酔科へ入局したとき、奥田先生は准教授でした。入局直後からペインクリニックを中心に勉強したいと奥田先生に相談したところ、まずは一人前の麻酔科医になれと諭され小児心臓麻酔で有名な静岡県こども病院の堀本洋先生のもとでの研修を導いてくれました。また大学へ帰ってすぐ、順天堂大学ペインクリニックの宮崎東洋教授での研修も用意してくれ、さらに解剖を一から勉強したいと頼むと、マクロ解剖学の松野健二郎教授のもとで基礎研究をさせてもらえました。私だけが特別扱いかというとそうではなく、入局員それぞれが希望する道を奥田先生は用意してくれています。「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上とする」。そんな教授の元には多くの医者が集まっています。獨協医科大学埼玉医療センター麻酔科には奥田イズムが流れ続くと信じています。

非常勤講師 臼井要介

島崎睦久

 私が、何科の医師としてやっていくのか悩んでいる時期に、相談にのっていただいたのが奥田教授でした。

 奥田教授は、大きな体で、多くは語りませんでしたが、何でも悩みを聞いていただけるようなオーラがありました。

 それは、今も変わらず、いろいろな人が、奥田教授に、話を聞いてもらっている風景をよく見ます。

 話を聞いてもらう方にとっては、心のデトックス効果があるように思えます。

 多忙なのに、時間が許せば医局員と水族館やお城に行くのが好きみたいです。

 たまに、ゴルフをするぐらいで、普段、運動していないはずなのに、お城を登る速度は常人の3倍速いです。

 素直な医局員だけでなく、私のような変わり者に対してもわけ隔てなく、水族館を楽しむように、いろいろなタイプの人間を楽しんでお仕事をされているように感じます。

 奥田教授は、様々な分野でご活躍されているので、いろいろな役職をお願いされるようになり、専門外の仕事までこなしているのに、臨床でもパワフルです。

 日中は、ペインクリニック外来で患者さんの神経ブロックをこなし、

 私が、夜中の緊急手術の麻酔をしていれば、いつのまにか現れ、私にドーナッツを差し入れ、奥田教授は、血糖値を気にしながらもカップラーメンを食べる。朝まで麻酔をしていると、休憩交代していただくこともよくありました。一体いつ寝ているか心配になります。

島崎睦久

木村理恵

奥田先生、これまで大変お世話になりました。学位審査で先生にお会いしてから、その後に先生の元で働かせていただくことになるとは思いもしませんでした。当時、突然の入局のお願いにもかかわらず、快く迎えて下さりありがとうございました。この御恩は忘れません。

越谷の医局は、皆優しく親切で、研究にも臨床にも真面目で、とても居心地の良い場所でした。(それゆえ数々のわがままを申し上げてしまい、すみませんでした。)

奥田先生が作ってくださったこの医局の雰囲気が、壊れることなく続いていくことを願っております。

今は少し医局から離れてしまっておりますが、またお会い出来る際には、楽しいお話をたくさん聞かせてください。

木村理恵

富田幸

誰よりも働く素敵な奥田教授!

 長い間お疲れ様でした。たくさんのことを教えていただきありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

富田幸

山本祐子

奥田先生

 まず、入局〆切直前に突然麻酔科への入局を希望した私を快く受け入れてくださって本当にありがとうございました。初めて先生のご指導の下硬膜外麻酔をした時の事、今も忘れることができません。出産後、子供の病気の為に復帰することが出来ませんでしたが、その間もずっと「いつでも戻っておいでね」と居場所を用意していてくださったので、それを励みに子供の闘病生活も乗り越えてこられたと心から感謝しています。越谷麻酔科で過ごした思い出を糧にして、今後また麻酔科に戻れる日が来るよう勉強を続けていきたいです。

山本祐子

久野裕一郎

奥田先生、長い間お疲れさまでした。

お世話になりっぱなしで、先生にご指導いただけたことを大変幸せに思います。

健康に留意され、益々ご活躍されることをお祈りいたします。

久野裕一郎

仁杉直子

奥田教授、この度は退任誠におめでとうございます。


今日のように活気ある医局が在るのは教授のお人柄故と感じております。時を経るごとに病院長などの大役が加わる中、故佐藤勲教授からの医局員で、しかも開業して医局から離れている私のような者にも、折に触れて手を差し伸べて下さいました。私がペインクリニックとして今日有るのは教授のお力添えのお陰と承知しております。この場をかりてお礼申し上げます。私も微力ながら、これからも獨協愛を忘れずに、何らかの形で医局に関われればと存じます。獨協医大が更に拡張していくに従い、今まで以上にご多忙極めると存じますが、どうぞ御身大切に末永くご尽力いただければ幸いです。これからも変わらぬご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

医療法人仁愛会 ミューズ皮膚科ペインクリニック
理事長 仁杉直子

寺内知也

奥田泰久教授、ご退官おめでとうございます。2003年から20年間、教授の下で働かせていただいたのは5年と短い期間ではありましたが、ご指導いただきありがとうございました。

私が初めて奥田教授にお会いしたのは、当時医局からの出向先であった川口工業病院に勤務しているとき、越谷病院(現さいたま医療センター)の教授室で面談させていたときでした。2007年に私が退職するまで、そしてそれ以降もペインクリニックをはじめ、臨床の現場でもご指導いただき感謝しております。

奥田教授は私たちが当直で夜遅くまで麻酔をかけていても、医局に来ていただき進行具合を確認してご帰宅され、朝方まで緊急手術をやっていても誰よりも早く病院に来られて労いの言葉をかけていただいた思い出があります。

大きく飛躍した獨協医科大学さいたま医療センター麻酔科が、今後も益々発展していくことを願っております。

奥田教授、本当にありがとうございました。

寺内知也

田口明日香

小林俊哉先生に紹介していただき、越谷で初めて先生にお会いしてからこのような長期にわたりお世話になるとは想像もしていませんでした。麻酔の道は、奥田先生と小林先生が切り開いてくださったものと思っています。その後も、歯科麻酔との間で悩み、挫けそうになり辞めようと思った時もありましたが、多くは語らずともいつも暖かく見守っていただき本当に感謝しています。この区切りの時期に越谷を離れることになり心残りですが、先生と出会い医局で過ごした日々を糧に邁進してまいります。今後とも何卒ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

田口明日香

小林紗矢香

奥田先生、この度は御退官おめでとうございます。

2019年に「歯科医師の医科麻酔研修」を行うにあたり、入局してから本日に至るまでの4年間、ご指導いただき本当にありがとうございました。越谷の麻酔科に来てから先生をはじめとし、医局員の先生方と毎日楽しく過ごすことができ、越谷で医科麻酔研修ができたことは私の生涯の財産です。歯科麻酔の範疇ではほぼ確実に経験することができない症例を、毎日思いっきり経験できた私は幸せ者です。主任教授として、病院長としていつも温かく見守ってくださり、心から感謝申し上げます。

越谷で経験・勉強させていただいたことを、この先の仕事と人生にしっかりと活かしていきます。先生の益々のご活躍とご健勝をお祈り申し上げます。

小林紗矢香

角田尚之

奥田先生に贈る言葉

私が獨協医科大学埼玉医療センター(旧越谷病院)に入職して、早6年が経とうとしています。以前は初期研修後の自分の進むべき道が全く分からず、呆然と立ち尽くしていました。そんな時、進路に迷っていた私に優しく手を差し伸べていただいたことを今もはっきりと覚えております。おかげさまで私の進むべき道が鮮明となり、今年度に目標の一つである医学博士を取得することができました。これまで頑張ってこられたのも、奥田教授のお陰です。いつも温かく見守ってくださり、誠に感謝いたします。今後もいっそう精進してまいりますので、どうかご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

角田尚之

小林彩香

長年のご勤労、大変お疲れ様でした。

医科麻酔研修として快く受け入れてくださり本当にありがとうございました。歯科麻酔科医が働ける環境が決して多くはない中で、このように学ばせていただける場に身を置けるのは単に先生の寛大さにございます。また、医科麻酔研修をする上での環境作りにもご尽力賜り、頭が上がりません。

このような職場で研修を行えていることに心からの感謝の意を表するとともに、今後も精進して参りたいと思います。

これからもお身体を大切に、先生の末永いご多幸を心よりお祈り申し上げます。

小林彩香

三室恵美

奥田教授

ご退官おめでとうございます。

麻酔科に来て1年になりますが、右も左も分からない不安だらけでしたが、優しく迎えていただき、大変感謝しております。

まだまだ未熟ではありますが、日々精進してまいりますので、今後ともご指導のほどよろしくお願いします。

これからもお体を大切に、奥田教授の末永いご多幸をお祈り申し上げます。

三室恵美

中川香織

奥田教授

この度は御退官おめでとうございます。

私が麻酔科へ入り約1年と短い間でしたが、奥田教授の下で働くことができ、とても光栄です。

いつも優しく医局員の先生方を想い、笑顔でお話されているお姿がとても印象的でした。

私にも優しく接してくださり、丁寧にご指導くださり深く感謝しております。

まだまだ未熟者な私ですが、日々精進してまいりますので、今後ともご指導の程よろしくお願いいたします。

これからのご健康とご多幸をお祈りいたします。

中川香織

和田智子

 ご退任、おめでとうございます。長い間、お疲れさまでございました。

 2015年に医局秘書として入職し、医療クラークとなってから、早いもので8年が経とうとしております。

 主任教授であり、病院長である奥田教授は雲の上のような存在であると思っておりましたが、折に触れ声を掛けていただいたり、ピンチの時にはお話を聞いてくださったり。

毎朝医局に来られてパソコンに向かったり、お茶を召し上がったりしながら、気にかけてくださっていたのだなあと、うれしく思っております。これからも、今まで以上にご恩返しができるように精進してまいりたいと思います。

 今後のご健康と益々のご活躍をお祈り申し上げます。

麻酔科医療クラーク 和田智子

最後に

今回 “奥田泰久教授へ” の掲載にあたり、いろいろ協力していただいた医局員の先生方、秘書さん・クラークさんに、この場をかりて心より御礼申し上げます。
ありがとうございました。

2023年 3月 31日
麻酔科  医局長  新井丈郎