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教授より

私の臨床教育法

  • はじめに
    臨床教育といっても,その対象は麻酔科では,学生,初期研修医,麻酔標榜医,選攻医等,その段階での教育は大小の違いはあるべきであろうし,施設の大小や専門性,教育を受ける個人の資質,医療機関の特徴,医局の体制や教授を含め指導医の個性等様々な影響を受けるものである。正解に近いものはあるかもしれないが,絶対確実なものはないとの考えで,これまで麻酔科教授として20年近く歩んできて,あくまでも素人の教育者として私の偏見を十分に承知の上で,現在,考え,行っている臨床教育法を述べてみる。
  • ひとが行動を起こす心理的要因
    有名な作者不明の英文であるが,基本的には私の教育法の原点のひとつである。
    "It’s impossible," said pride
    "It’s risky," said experience.
    "It’s pointless," said reason.
    "Give it a try," whispered the heart.
    訳としては
    "それは無理"とプライドが言った。
    "それは危ない"と経験が言った。
    "それは無意味"と理性が言った。
    "それをやってみれば"と心がささやいた。あたりであろうか。人生で,人が行動する内面的理由を示す"名言?"である。本当の意味・意図はわからないが,私なりに都合が良いように解釈して麻酔の臨床にあてはめてみると,何となく教育法が見えてくる。
  • プライド
    プライドとは,誇り,自尊心,自慢,うぬぼれ,高慢,見栄等があり,良い意味でも悪い意味でも使用される言葉である。"それは不可能"と言った場合,麻酔科医自身の見栄,高慢に執着したプライドと,患者の利益を守るプライドでは大きく隔たりがある。どちらのプライドを麻酔科医が優先しているのかは,外科医を含め周囲は,例えば麻酔科医が手術を受ける受けないを含め,客観的に評価しており,しばしばその判断は正しいものであることを麻酔科医は認識しなければならない。麻酔科医の「知識,技術そして判断力の乏しさ」等のマイナスは「患者の不利益」に直結するものであるが,患者の不利益を防ぐために,麻酔科医自身によるその自己申告は非難されるべきものでなく,むしろ褒められるべきことであることを教えなければならない。
  • 経験
    臨床の危険性をいち早く察するために経験は大きな武器である。危険性が高まる前に,早く対応すればするほど,その効果は高いと考えられる。麻酔科医にとってその習得は患者のためのみならず,自分自身が医事紛争に巻き込まれないためにとっても極めて重要なものである。しかしながら,様々なトラブルを十分に経験させるほどの数に遭遇することはまずありえないので,もし身近に存在した場合はその分析を徹底そして周知させ,他施設での過去のトラブルに関しては,知っておかなければならない教育上重要な例を示して情報提供しなければならない。
  • 理性
    理性とは「道理によって善悪・真偽などを正当に判断し物事を判断する心の働き。感情に左右されず客観的に論理的,概念的に思考する能力」である。 "それは無意味"との結論は患者には何も利益はないという判断がなされた場合にのみ使用すべきである。しばしば統計的有意がないあるいは小さい医療行為は無意味と考えられることあるが,統計的有意が十分に証明されてなくても,理論的に正しい可能性が高く,患者に全く不利益がなく,ただほんのわずかな麻酔科医の仕事が増えるだけのものであれば躊躇なく行うべきである。結果にかかわらず周囲が納得する客観的判断が常に可能な麻酔科医を育てるのは,個々の性格もあり時間を要するものであるが,その重要性を絶え間なく教えなければならない。もちろん,自分自身の感情を全く制御できない麻酔科医は指導者として失格である。
  • 心のささやき
    人の心には天使と悪魔が混在するといわれ,そのことが,何かを言おうとしたり行おうとするときに,多くの迷いに繋がっているのではないだろうか?失敗したらあるいは成功したら,その時の自分の評価は興味あるものである。具体的には気管挿管,血管確保,区域麻酔等の困難症例に対して,例え成功の確率が低くても,成功した場合の自分の評価が極めて上がることに快感を期待することと,確実に患者の安全性等の利益を優先すべきであるとの視点から,自分の評価が著しく下がることが交錯するものである。十分な知識,技術,経験のあるなしにかかわらずなによりも"やってみたい"との思いは,特に若い麻酔科医には大きな危険性を伴うが,時に成長の大きな糧にもなることもあることを理解すべきである。
  • まとめ
    上記と全く矛盾しており,かけ離れた教育法であるかもしれないが,現在,積極的に実践しているのは,褒めて,褒めて,"例え相手が木に登っても"褒めるというのが私の個人的基本的教育法である。相手の褒める点をいかに探し出すのが教育者の使命である。そして臨床上に何らかのトラブルが生じた時には,患者・家族のもとに誰よりもいち早く向かい,その対応を行い,その後,当事者と冷静に何がトラブルの原因となったのかを解明するのが教育の一つと考え実践してきた。
    今後は新型コロナウイルスの影響や働き方改革の推進により,医学教育も大きく変革することも予想されるが,臨床教育を行う医療機関の長として「教育は義務,臨床は奉仕,研究は趣味,遊びは必須」と偏った基本理念を時間の許す限り最後まで全うしたいと考えている。
  • 2021年3月末日
  • 奥田泰久
  • 獨協医科大学埼玉医療センター病院長
  • 獨協医科大学3附属病院(栃木,埼玉,日光)麻酔科統括者
  • 獨協医科大学埼玉医療センター麻酔科主任教授
奥田泰久(教授)
奥田泰久教授